技術の家庭菜園

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米軍ヘッドセットをパソコンやスマホで使う(NATOプラグの変換と給電)

概要

本稿ではいわゆるNATOプラグ、U-174/Uコネクタの変換回路、及び給電回路を作成する。取り扱うのは米軍にも採用されている航空機/ヘリ用ヘッドセットDavid ClarkのH10である
U-174/Uは航空/軍用に開発されたコネクタであり、出力/入力/給電を1つのコネクタで行う。U-174/Uでは独自の方式で8~15Vの給電を行いマイクを動作させるが、本稿ではこれを外部DC電源、更には48Vファンタム電源により給電することを考える。
今回、これを実現させるための回路を制作し、コネクタも普及しているものへと変換することで、実際にパソコンやスマートフォンで使用できることを確認した。

本稿では今回購入したヘッドセットのテストとファンタム電源を利用を目指した変換回路の作成過程を書くと共に、一般的にPCで入出力可能なステレオミニプラグやスマートフォンで利用可能な4極ミニプラグへの変換方法を紹介する。
制作過程は概ね時系列順で記述するため、実際の回路制作部については、電池やACアダプタを用いる方法に関しては「DC電源による実装」ファンタム電源及びXLRコネクタに関しては「ファンタム電源による実装」の章を参考にしてほしい。

David Clark H10-36

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米軍に制式採用されているヘッドセットDavid ClarkのH10を購入した。私の購入したのはその中でもH10-36というモデルで主にヘリなどで使われているヘッドセットだ。*1
ここで本来はミリタリー的な考察を入れるのだろうが、そもそも私はミリオタではないし、適当に調べた知識を披露するのも良くないだろう。
それに本ヘッドセットも米軍放出品などではなく、市販品だし、購入した経緯も「なんかかっこよかったから」だ。*2

では私がやりたいことはなにか。私はこのヘッドセットを、ヘッドセットとして使うのが目的なのだ。
本来全く持って別の用途について、しかも極地環境において設計された軍用品というものを、日常で使う。これは一つのロマンである。
そのためには、このヘッドセットのプラグを我々が普段使うプラグに変換してやらねばならない。

開封・動作テスト

この製品は日本国内でも一応購入だが、高い。
しかし、たまにネットオークション等に出物がある。私はそこから未使用品と思しき物を購入した。6250円也。
製品には元箱、ヘッドホンフック、説明書や仕様書や回路図など10枚ほどの紙、別売りのイヤーパッド、なぜか未開封のトランプが付属していた。
ヘッドセット本体はイヤーパッドに若干カビが見られたが、商品タグ等もそのままつけられており、デッドストック品かコレクター品であることを伺わせる。

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次に本体である。イヤーパッド左側にボリューム、マイク付近に半固定式のボリュームが見える。
ヘッドホン形状はアラウンドイヤー型であるが、通常のアラウンドイヤーのものとは違う圧倒的な遮音性を誇る。

まずは簡単な動作テストをしたい。
本機は何やら特殊なコネクタを採用している。
そのため使うのはフォンプラグをみのむしクリップで繋いだテスト用のケーブルだ。

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そのへんの材料で作れるし、1つは作っておくと何かのときに大変便利である。
説明書の中に簡易的な回路図が載っていた。

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DavidClark H10-36のマニュアルより

これによると、このプラグのピンアサインは先から順にMic-(T),Speaker+(R1),Mic+(R2),Speaker-(S)らしい。
これに従って接続しテストする。

まずはスピーカーのテストだ。
SとR1を挟み込み、ヘッドホンアンプで徐々にボリュームを上げていく。
音が出た。かなりのハイインピーダンスなのか、音はそう大きくはない。
ヘッドホン横に付いているボリュームノブも問題なく動く。

次にマイクだ。TとR2を挟み込み、今度はマイクプリアンプに差し込み、徐々にボリュームを上げていく。
上げきった。しかし音は出ない。なにか薄いノイズが流れ続けるのみである。
壊れているのだろうか。マイクの根本にある半固定式のゲイン調節ボリュームを回すとガリが少し入る。
一応繋がって入るようだ。

よくわからないのでマイクヘッドを観察する。ダイアフラムはヘッドセットにしては大きく、コンデンサマイクかもしれないし、ダイナミックマイクの可能性も否めない。
しかし仮にコンデンサマイクであれば、エレクトレット式でも無い限り外部給電がないと動作しない。
この時点で外部給電を疑いつつ、付属の各種書類を読み込んでいく。案の定マイク給電に関する説明書きがあった。

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DavidClark H10-36のマニュアルより

8-15Vの給電が必要とはあるが、どこに印加すればいいかはよくわからない。
試しに一般的な作法通り後述するファンタム電源をSpeaker-とMic+-の間に印加する。しかし特に状況は変わらない。
書類に一通り目を通したが、特に有益な情報は得られなかった。調べをネットに移す。
そうすると、一つだけ、本当に一つだけ有益な情報が得られた。

AMPLIFIED DYNAMIC MICROPHONE, MODEL M-1/DC & M-1A
http://skylife.co.jp/flyingdog/19507P21.pdf

David Clarkが出しているマイクの仕様書であるが、テスト用の回路が乗っているのである。
私の手元の書類には書いてないし、なぜかDavid Clarkのホームページ上にもない資料だが、とりあえずこの回路をベースに考える。
手元にあるパーツの都合から回路を適当に一部変更しつつ12VのDC電源を使いつつ空中配線する。

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電源を入れ、マイクプリアンプに繋げると、やっと音が出た。
どうやらコネクタの変換だけではいかないが、なんか回路を組めば使えるようだ。
とりあえず、まずはこのよくわからん独自コネクタをどうにかしてしまおう。

U-174/U(TP-120)

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NATO側各国で採用されているヘリはU-174/U(TP-120)、通称NATOプラグと呼ばれているプラグを用いており、H10も(シリーズによるが)同様にU-174/Uを採用している。
U-174/UとTP-120は規格違いの同一品のようである。少なくともデータシートを流し見した限りで違いは見られない。規格策定はどちらも1970年前後とのことである。

U-174/U
https://www.mouser.jp/datasheet/2/18/amphenol_05022017_tp-101-cp-1156596.pdf
TP-120
https://www.mouser.jp/datasheet/2/18/TP-120-972911.pdf

当然ヘリではある程度普及している規格ではあるので、任意の変換ジャックも存在している。しかし、これが需要の少なさなのだろうか、とんでもなく高い。当然日本では取り扱っていないし、米通販サイトで概ね1万円以上が相場である。
そして使えないという評判もちらちらと見られる。
そうとなれば自作するしか無い。

U-174/U(TP-120)プラグに対応するジャックはU-92A/U(もしくはTJ-102)とTJ-101である。U-92A/UとTJ-102は同一品であるが、TJ-101はそれよりも細長い形状をしている。

U-92A/U(TJ-102)
https://www.mouser.jp/datasheet/2/18/TJ-102-972980.pdf
TJ-101
https://www.mouser.jp/datasheet/2/18/tj-101-972892.pdf

まぁ基本的にはどちらでも変わらない。どっちかを購入すれば良い。

さて、これらは特殊なコネクタということもあり、妥当な値段で取り扱っている店は極めて少ない。適当なサイトを眺めると5000円以上で取引されており、ボッタクリも甚だしい。
私は先程からデータシートをお借りしているmouserで購入した。

Mouser Electronics
https://www.mouser.jp/

日本だと知名度は若干低いかもしれないが、電子部品の大手小売であり、特に取扱点数は凄まじい。
日本法人、日本語サイトもあり、海外発送ではあるものの購入にそこまで障壁は感じない。6000円以上の購入であれば、送料が無料になるのも大変嬉しい。

今回私はAmphenol Nexus Technologies製のTJ-101を購入した。*3およそ1600円である。他のサイトを見てからだと凄まじく安いように感じるが、妥当かむしろ高いくらいの価格である。

TJ-101
https://www.mouser.jp/ProductDetail/Amphenol-Nexus-Technologies/TJ-101?qs=4z3o3tOTJCGgUfnzq2dYkg==

注文後、わずか4日ほどでアメリカから届いた。早い。

 

DC電源による実装

さて、コネクタも購入出来たので、これを使いつつ回路製作を行う。
先程の仕様書の回路を参考に以下の回路を作った。

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こんな小さな回路如きにLTSpiceを立ち上げるのも癪なので手書きで読みづらいが許してほしい。
上図での直流電源は8~15Vの電池やACアダプタを用いれば良い。まぁ普通は006Pなどが良いだろう。
コネクタに関しては、ステレオミニプラグ、フォンプラグ、4極ミニプラグの3種類に関するピンアサインを書いた。
4極プラグはしっかりと標準化されておらず、物によりピンアサインが違うので注意されたい。
点線左側の用に回路を作り、左図のお好きなプラグにアサインしていただければ良い。
本回路で基本的なラインレベルの信号として入出力できるようになる。

私は後でファンタム電源による実装を目指すため、ここでは試験的にブレッドボード上で作成した。
作った回路は写真を撮り忘れていた為、存在しないが、とりあえず音は出た。
殆どの人はこの回路でパソコンやスマートフォン上で利用できるであろう。

ファンタム電源による実装

しかし、DC電源による実装は電池が必要であったり、ノイズの多いACアダプタを使わねばならなかったりと問題が多い。
そのため、私はファンタム電源による実装を目指した。

ファンタム電源はスタジオ機材等によく用いられる高品質なマイク給電方式であり、3極のプラグを用い、GNDと音声伝送路の間に無負荷電圧48Vを印加する。
正しくは定電圧源ではなく、低電流源に似ており、負荷をかけると電圧降下する。*4
ファンタム電源が3極間に電圧をかける一方で、このU-174/Uは2極間に電圧を印加する方式である。
そのためXLR端子からからファンタム電源を取り出しつつ、音声信号を分離し、それを降圧しつつU-174/Uに戻す仕組みが必要である。

さて、恥ずかしながら私は実はアナログ回路設計に欠片も馴染みがないので、ぶっちゃけよくわからない。ネット上に転がっている回路と、先程のDC電源による回路を見比べながら適当に回路を書く。

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相変わらず雑であるし、なんかよくわからんけど、たぶんこんな感じだろう。
ブレッドボード上に回路を作ると、とりあえず動いた。まぁこれでいいや。
ちなみに負荷時の電圧はおよそ8.5Vに降下しており、作動電圧に収まっていることが確認できた。

変換BOX

さて、回路はとりあえず完成した。
次はより使いやすいものにするために変換BOXの作成だ。

手元にあったプラケースが全てサイズが微妙であったので、スーパーでサクマ式ドロップスを買う。
まずこれを全て食べる。ちょくちょく舐めてたら意外と3日くらいでなくなった。
あとは残ったスチール缶にドリルで穴を開け、適当に配線する。

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今回回路はユニバーサル基板上に作り、コネクタはマイク出力としてXLR端子を、ヘッドホン入力としてフォン端子を採用した。*5
以下はパーツリストである。
・NEUTRIK NC3MD-LX (XLRコネクタ)
・REAN / NEUTRIK NYS2162 (フォンコネクタ)
CANARE L4E6S (ケーブル)
・Amphenol Nexus Technologies TJ-101 (U-174/Uコネクタ)
ニチコン FineGold 50V 22uF *2 (電解コンデンサ)
・そのへんにあった6.8kΩと470Ωとニバーサル基板の切れ端
サクマ式ドロップスの缶
盛大なNEUTRIKとニチコンFGの無駄使いであるが、趣味なんてそんなものだ。余っていたのだから仕方ない。
後から配線できないので先にケーブルを通してからはんだ付けする。

配線したらパネルを組み立てる。飴を取り出す穴がほぼXLRのコネクタの内径と一致しており、フォンコネクタや回路もそこから出し入れできる。
軽く絶縁加工した回路を適当に缶の中に放り込んだ後、パネル配置する。最後にXLRコネクタをはめこんで、固定する。

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完成した。私の常用しているミキサーにマイクとヘッドホン、それぞれ繋ぎ、ファンタム電源を入れる。
問題なく動作をする。ノイズもほぼない。

まとめと今後

今回、David ClarkのH10、そのU-174/Uコネクタの変換回路、及び給電回路を作成し、実際に使用することが出来た。
悲しいことに私にはボイスチャットをする相手がいないので、実用はまだであるが、skypeの音声テストサービスとこのヘッドセットを用いてお話ができた。

今後は有識者に話を伺い、回路の改良に取り組むのと、マイクのF特の測定を行いたいと考えている。
もっと前者は周りに有識者がおらず、後者は機材はあるが現状やる気が起きないので、しばらく先の話になりそうである。
ぼっちは何やるにしても大変なのだ。

 

 

(2020年1月13日 加筆)

*1:勤勉なミリオタであれば、すでに本文を怪しんでいることだろう。H10-76やH10-66といった上位機種こそ広く使われているものの、H10-36が米軍において使われているという事実は私の調べた限りでは確認できなかった。ここではH10シリーズが用いられている程度の雑な解釈で許してほしい。

*2:より詳しく言うなれば「メタルギア ライジング リベンジェンス」において、その登場人物サニーが首にずっとかけており、可愛かったからだ。ちなみにサニーが使っているのはヘッドホンはH10-80であるが、マイクが本品やH10-76等に採用されているメタルタイプのものに変更されている。

*3:といってもNexus社以外の会社はこんなコネクタは作っていないようである。それ以外の選択肢は無いのだ。

*4:詳しくはhttp://www.op316.com/tubes/balanced/bal3.htmなどを参照すると良い。

*5:ケーブルのシールド線が接地されてない?イモはんだ?内部配線が雑?まぁキニスンナ。回路がクソなんだからこんなところにこだわってもしゃーないのだ。