技術の家庭菜園

https://tpcbtw.com/

Nikon F3HPのシャッタースピード測定

GW中余りにも何も成しえなかったので先月のネタの続き。お前はいつもそうだ。

これまでの話

tpcbtw.hatenablog.com

tpcbtw.hatenablog.com

あるところにフォトダイオードオシロをつないだだけで3000字、それで数msecのパルス光を測定しただけで更に3000字書く残念な人がいたのだが、また別のパルスをとっただけで更に3000字書くというのが本記事である。
たかがこれだけの内容に10000字を費やすとか暇人なのだろうか。友達とかいなさそう。アニメとか見てそう。

Nikon F3HP

f:id:tpcbtw:20200509143142j:plain

Nikon F3HP + Nikon Ai NIKKOR 50mm F/1.8S

Nikon F3は名機である。
これは私が語るまでもない話ではあるが、カメラに造詣のない方や若い方の為に少しだけ語らせてほしい。

まず、大変頑丈である。
あらゆる分野で長い間カメラマンを支えた。
その堅牢さを買われ、F3は北極点に行き*1、宇宙に行った。
私もF3を手に入れてから、北海道で落とした後に蹴飛ばし、広島で階段から落とし、フランスでは10回近く落とし*2、鈍器として人を殴るのに使い、まぁとんでもなく雑な扱いをしてきたが、未だ壊れていない。

そして、極めて精度がよく、信頼性が高いカメラとしても知られている。
前機種F2までは露出計は付いておらず、外部露出計に頼るしか無かったが、F3からはTTL露出計を搭載し、正確な露出を測ることが出来るようになった。
この露出計は大変精度が良いと評判であり、測光域が狭く、若干ピーキーとも言われたが、様々な場面で信頼され使われてきた。
またシャッター機構も、F2までは機械式のシャッターであったが、F3から全速において電子式のシャッター*3を採用し、精度良い撮影ができるようになった。
その一方で「緊急作動シャッター」と呼ばれるメカニカルなシャッターを残すことで、電池切れや電子式のシャッターが故障した場合においても、シャッターが切れるのである。
巻き上げ機構も相まって、まず壊れない、壊れても撮れる、撮れなくてもフィルムは回収できる、といった、極めて信頼のおけるカメラとなった。

その人気は根強く、今から40年前、1980年に発売されたF3は、
1988年にその後継機であるF4の発売するもなぜか生産を継続し、
1996年にそのF4が生産完了して2世代後継のF5が発売するも生産を継続し、
2000年にやっと生産完了するもその後16年間に渡り正式にサポートを継続し、
それさえ終わった今現在でも細々と修理受付を行っている。

私が本機を入手したのは2015年の事である。1992年製のF3HPである。
特に大きな不具合は無かったが2016年に一度Nikon修理センターで一度OHしてもらっている。
その後も雑に扱いすぎて、ペンタ部がベコベコになって像が傾いていたので、先日ファインダーを交換した。

シャッター速度測定の目的

さて、そんな信頼のおけるNikon F3だが、以前OHに出したときシャッタースピードの校正も行っていただいたこともあり、今更その精度を疑っているわけではない。
そもそも電子式のシャッターであり、クォーツにより制御されているのだから、そう簡単に狂う事もない。

私が疑っているのは私の測定装置、そして緊急用シャッターである。

先日シャッタースピードの測定装置を作り、そしてあるカメラの測定を行った。
この測定装置もオシロスコープなので言ってみればクオーツで制御されており、信頼されるべき結果なのだが、パルスの立ち上がりが遅く、ノイズも若干出るなど、少し不安を残す結果となっている。
この不安を、一般的に信頼され正しいとされているカメラを測定することによって、解消したいと思う。

一方F3の緊急用シャッターについて、F3のマニュアルには以下のような記述がある。

緊急作動シャッターは、カメラ前面にある緊急作動レバーを引き出し、さらに押しさげますと、約1/60秒のシャッタースピードで作動します。

さて、電子シャッターはクオーツ仕掛けでおよそ正確であろうことを先に述べたが、ゼンマイ仕掛けで動く緊急シャッターに関してNikonは「約1/60秒」と曖昧な表現にとどめている。
緊急用シャッターを常用する人は多くないだろうが、この精度をはっきりさせておくことはある程度の需要のある話ではないだろうか。
少なくとも私にとっては興味のある話である。

シャッタスピードの測定

それでは測定結果を示そう。
測定は先の測定と同様、裏蓋を開け、シャッターを切った時の透過光を測定する。
F3は最速で1/2000までの速度が出る。しかし、これは初めて知ったのだが、裏蓋を開けた状態ではなんと1/80より低速側でしか切ることができない。*4
高速シャッターの測定ができないのは少々残念ではあるが、目的はおおむね達成できるため、1/60より低速での測定結果を下に示そう。最下段"mech."は機械式シャッター(緊急用シャッター)の測定結果である。(N=3)*5

f:id:tpcbtw:20200509030031p:plain

Nikon F3HPのシャッタースピード

驚くべき精度で一致していることが見て取れる。
これは前記事にも書いた話ではあるが、カメラの世界では誤差率数パーセントは問題にならない。
緊急用シャッターの誤差率はわずか3%、全く問題となる数値ではない。電子シャッターの1/60も同様に誤差率3%であることを考えれば、これは測定装置の方に疑問が残る。

実際に本機体の測定では低速側は正確であり、読み取れる範囲で誤差はないが、高速側に行くにしたがって、カメラの精度か、測定装置の精度かはわからないが、誤差が生まれているようだ。

より傾向を確認するために、前回測定したRollei 35 Xenarの測定結果とともに図示しよう。*6

f:id:tpcbtw:20200509182151p:plain

シャッタースピード対誤差率

スピード2機種で3回ずつ、計6回分の測定があり、それぞれのプロットと機種ごとの誤差平均を線で示した。
さて、この図を見るに本測定装置に固有の測定誤差を認めるには早計であろう。
例えば1/60,1/30での誤差の分散は比較的少なく、これが測定装置由来の誤差であると思わせるような結果である。
一方でそのほかのスピードでは十分に分散していること、またF3のスローシャッターにおいて、精度よく測定結果と設定値が一致していることから、全域で誤差がみられるということは無さそうだ。

結論としては、誤差はあるかもしれないが、まぁよくわからん。
あと誤差があってもやっぱり数%だから気になるけど気にしたら負けだと思う。



 

*1:カメラ好きなら知ってる人も多いかもしれない、ウエムラスペシャルと呼ばれる特注品である。ウエムラスペシャルというとF2がベースとなったものを思い浮かべる人が多いかもしれない。実際1978年、植村直己が世界で初めて単独で北極点に到達したとき、持っていたのはF2ベースの機体である。F3ベースのウエムラスペシャルが試作・使用されたのは、82~83年の南極行のときである。しかし、翌年マッキンリーに行く際、なぜか植村はF2ベースの機体を持っていっていた。彼はそのカメラを持ったままマッキンリーに消える。つまり、植村はF3を北極点に持っていっていないのだ。だがそれから5年後、女優で冒険家の和泉雅子が北極点を目指した際に、Nikonはその試作されたF3ベースのウエムラスペシャルを貸与した。和泉は女性として世界で2人目の北極点到達者となり、後年にそのウエムラスペシャルは和泉に譲渡された。かくしてF3は北極点に到達したカメラとなった。

*2:ストラップの留め具が壊れてた。

*3:これはデジタルカメラにおける電子シャッターとは異なる。当然フォーカルプレーンシャッターであるが、その機構がクオーツ仕掛けかぜんまい仕掛けか、という話である。

*4:フィルムカウンターが0以下のとき、低速側でしか切れなくなるのはF3を利用したことのある人であればご存じだろうが、裏蓋を開けた状態ではフィルムカウンターが回らず低速しか切れない。

*5:相変わらずサンプル数が少ない…。腐っても元理学徒がこんなので許されるのだろうか…。

*6:この図に傾向や連続性はなく、折れ線にする理由など存在しえない。だが実際に散布図だけにすると、本当に見づらく意味の理解できない図になってしまうのだ。無意味に線をつないだ私を許してほしい。あとどうでもいいが、シャッタースピードを対数にとると、それが2倍ずつになってきれいに整列しているのが見れて、大変心地よい。段数の概念がよくわかる。