技術の家庭菜園

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スティックダルシマーを買った話

もはや技術ブログというものではなく、単なる散財自慢である。
本項目は日本語資料が少ないため十分に特筆性がある、という言い訳をしておこう。
ただwikipediaの記事はなぜか存在することも、先に述べておこう。

アパラチアンダルシマー

スティックダルシマーの話をするのであれば、その祖先であるアパラチアンダルシマーの話をしなければならない。

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アパラチアンダルシマー(photo by UpperPalatine / CC-BY 3.0)

アパラチアンダルシマー(別名マウンテンダルシマーとも*1)は米国アパラチア地方の民族楽器である。*2

弦の張ったネックを同じ長さの胴に貼り付けた形状をしており、膝上や机上で弦を弾いくリュート属の楽器である。
ここまでだとスティールギターや大正琴と同じように思われるだろうが、弦数は3本、もしくはは1つの弦を副弦にした4本である。
最も大きな違いはフレットは持つもののギターと異なり、半音でなく、全音で打たれている。

アメリカの民族楽器と言うと、バンジョーなどが有名であるが、アパラチアンダルシマーは日本ではあまり知名度がない。
さらに言うとアメリカ国内でもそこまで知名度・人気のある楽器というわけではなく、主に年配者に親しまれる楽器の1つのようである。
しかし全音のフレットのおかげで「最も習得しやすい弦楽器」とも呼ばれ、基本的に最も手前にある弦だけを適当に押さえ、残りの弦(ドローン弦)を開放弦でかき鳴らし続ければ、それっぽい音が出る。
このドローン弦のおかげで独特の響きが得られる代わりに、コード変更が少々手間になるというデメリットもある。
また全音階のフレットはメロディを容易に奏でれるが、半音は出せないので事実上演奏が出来ない楽曲がある。そのせいかプロのミュージシャンで愛用するという人は少ない。

私がアパラチアンダルシマーと出会ったのは今から12年前、2008年のことである。
朝のニュース番組を見ていたら来日中のシンディ・ローパーが出てきてアパラチアンダルシマーでTrue Colorsを弾き語りした。
シンディ・ローパーは置いとくだけで物凄い迫力であるのに、歌うととんでもない火力を持つ。
しかも弾き語りである。それも謎の楽器でである。
これは後になって知ったことだが、シンディ・ローパーはアパラチアンダルシマーをライブでよく用いでおり、Time after Timeなども弾き語っている。
歌手である彼女は楽器は本業でないからこそ、アパラチアンダルシマーのような楽器を愛用いているのかもしれない。*3

完全にその姿に惚れ込んだ私は、急いでその楽器を調べ、日本ではまっったく売ってないことを知り、いつかは輸入して弾いてみたいと思い続けていた。

それから12年が経った。
ところで話は変わるが、私はキャンプが好きなのだが、キャンプに出かけた際にのんびりと引ける楽器がほしいと常々思っていた。
カリンバや、ボタンアコーディオン、篠笛、そんな小さくて、ちょっと気取ってる雰囲気の楽器があれば、夕暮れから夜の時間を楽しめるのではないかと。
しかし、当然それらの楽器は全くの素人である。
私がこの12年で触った楽器はギターとベースくらいなものである。そしてどちらも早々に挫折している。
そうなると候補として挙げられるのがウクレレであるが、愛用者も多いウクレレを皆のようにうまく弾ける自信はない。
というか愛用者が多いとつまらない、もっとユーザーの少ない楽器が弾きたい。

そこで思い出したのがアパラチアンダルシマーである。
アパラチアンダルシマーの利用者は日本ではほぼいない、しかも最も簡単な弦楽器とも呼ばれている。
しかしアパラチアンダルシマーは持ち運ぶには少し大きい。
そして最終的にたどり着いたのがスティックダルシマーという、アパラチアンダルシマーの派生楽器である。

スティックダルシマー

スティックダルシマーは数あるアパラチアンダルシマーの派生系の1つである。*4
アパラチアンダルシマーは膝やスタンドに置いて使う、少し大きい楽器であるが、より小さく、そしてギターのように抱えて引けるようにしたのがスティックダルシマーである。

スティックダルシマーはアパラチアンダルシマーのボディを取り払い、片側にだけボディを付けた形状をしている。
アパラチアンダルシマーとの大きな違いは弦が逆順についており、アパラチアンダルシマーでは高音弦が手前だが、スティックダルシマーはギターと同じで高音弦は奥側である。
フレットやスケールは、まぁ複雑なことを言うとメーカーにより様々だが、だいたいアパラチアンダルシマーに似たものが採用される。

有名なスティックダルシマーは2つある、Seagull merlinとMcNally Strumstickである。
Seagullはアコースティックギターなどを制作する楽器メーカーであり、一方McNallyはスティックダルシマーのみを制作する専業の工房である。
Seagullは楽器メーカーで日本に代理店を持つことから、少数であるがmerlinも日本に輸入されているようである。

さて、私はそんな中でMcNallyのD-33を購入・輸入した。

McNally D-33

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McNally D-33

さて、相変わらず序盤だけ頑張って書いてたのに、途中で飽きてきた。
McNallyのスティックダルシマーはStrumstick(ストラムスティック)と呼ばれており、ダルシマーという狭い世界の中ではそこそこ有名な機種である。
そのため概要についてはwikipediaにでも譲るとして、細かいことを書いていこう。

G-29などの最も一般的なStrumstickはスケールがアパラチアンダルシマーより短く設計されており、チューニングもアパラチアンダルシマーがD-A-Dに対し、少し高いG-D-Gとなる。
一方でD-33はStrumstickの中でもGrand Strumstickと呼ばれており、長いスケールを持ち、チューニングはアパラチアンダルシマーと同じD-A-Dである。
このことから一般的なアパラチアンダルシマーの譜面をそのまま利用することができ少々楽ができる。

Strumstickは(例外はあるが)基本的に3弦で構成されており、一般的なアパラチアンダルシマーの高音弦が副弦化された4弦とは異なる。
そのため、音はアパラチアンダルシマーに親しいものがあるが、少し高音の響き方は異なる。

一方で先に述べたもう1つの有名なスティックダルシマーであるSeagull merlinであるがこちらは4弦、そしてD-A-Dチューニング、それでいて短く設計されている。
また日本国内にも輸入代理店があり、入手が容易であり、また値段も同程度である。
これだとStrumstickを選ぶ理由が無いように感じるが、merlinはフレットが1オクターブ分しか打たれておらず、ダイナミックな使い方ができない。
また弦が専用弦*5であり、整備性に難がありそうである。
そして決め手となったのは、StrumstickはStayHome割引ということで、アメリカ公式サイトから購入すると50ドルの割引が得られたのだ。
本来D-33は200ドル程度なのだが、これが150ドル程度で購入できた。
まぁ結局ケースと送料、税金で200ドル以上になったが。

Strumstickの弦は汎用品のループエンド弦を用いることを推奨している。バンジョー弦などがそれに当たる。
ただStrumstickはエンドに釘が打ってあるだけの単純な構造をしており、引っかかれば最悪何でもいい。
人によってはこの釘を打ち替え、ギター等に用いるボールエンド弦がそのまま使えるようにしている人もいる。

私はというと、ギター用のボールエンド弦を破壊し、張っている。
通常のボールエンドの弦はボールエンドをペンチかハンマーで破壊すればループエンドのようなものになる。
Strumstickの推奨ゲージは.010/.014/.023である。これはElixirのアコギ弦ExtraLightゲージの1~3弦である。
標準で張ってある弦はものの数日で錆びたので問答無用でElixirを張った。

Strumstickは、わりと適当な構造をしており、先述の釘もその1つであるが、ブリッジは固定されておらず、木片が直立しているだけであるし、さらにテールピースというものが存在せず、 弦が木にめり込んだ状態で使用する。

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非常にアメリカンな仕様により出荷時ですでに傷だらけである

テールの構造は流石に精神衛生上あまりよろしく無いのでレザーでも挟んでおくとよいだろう。*6

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100均の革製品を切って挟んだ

あとは6フレット目にマークを打っておくと良いかもしれない。
これはアパラチアンダルシマーでもよくあるが、基本的に全音階でフレットは打たれているが例外として6フレット目だけ半音が打たれている。
ここはDにチューニングしたときCに当たるので諸々の利便性から打たれているらしいのだが、適当に弾く分には使用しない。

ストラップは、何か紐状のようなものが付属でついているが、基本的に使わないので外しても良い。
抱えるときはウクレレのように腕で支持する。

ピックは好みのものを使えばよいが、弦も細いので柔らかいもの、薄いものが合うのではないだろうか。
指や爪で弾いても十分楽しめる。

弾いてみて

さて、本品は2020年の盆、新型コロナによる自粛ムードが徐々に落ち着いてきた頃になってから衝動的に購入したのだが、その後2ヶ月ほど、部屋でぼちぼち触って感じたことを述べて本稿を終えよう。
ただ筆者は他の楽器もろくに弾けず、また音楽理論にも疎いことを留意されたい。

スティックダルシマーの基本的な演奏はギターのように抱え、アパラチアンダルシマーのように最も高い弦のみ押さえ、他の弦はドローンとして開放弦でかき鳴らす。
結局の所、押さえるメロディー弦は一本であり、そして全音階、つまりはドレミファソラシド…と弾くだけである。
シャープだのフラットだのの半音がない、リコーダーのようなものである。ちなみにリコーダーは半音出るが。
実際リコーダー曲などを演奏してみるとスムーズに弾け、ドローンの響きともよく合う。

私はぼっちなので関係のない話だが、アンサンブルとして弾くならギターなどとの相性も大変良い。
Strumstickは(もしくはアパラチアンダルシマーも)、比較的音の高い楽器であり、ギターを適当に鳴らしておけば、ベースとしてよく機能するであろう。
アパラチアンダルシマーに合わせるギターもDだけ弾けば良いので楽だ。
ドロップDやDADGADにすれば左手を使う必要さえない。

そして、私の感想を言うと、そこそこ飽きる楽器である。
何も考えていない時に、ぽろぽろと弾くと、伴奏もメロディーもどちらも弾けるし、知ってる曲をなぞることもギターなどに比べ容易である。
そして考えて弾かなくても、適当に押さえて適当に鳴らせば、それっぽく鳴る楽器でもある。
その点に関しては良く出来てるとしか言いようが無いのだが、考えずに手癖だけで弾くと同じようなフレーズを行ったり来たりするだけになる。
変化を求めようにもDメジャーから逃げるのが大変であるし、逃げるためには頭を使わないといけない。
そしていざ真面目に弾こうか、なんかコピーしてみようか、となると、途端に難易度が跳ね上がる。
出せない音が多すぎるし、それを表現するためにはドローン弦とアパラチアンダルシマー特有の響きを捨てなければならない。
Dメジャーということで、アイリッシュな響きも強く、ティンホイッスルで演奏されている曲などを弾いてみようとしたのだが、なんかやりきれなかった。

だが、頭が死んでいる時に弾くと、楽しい。そんな楽器である。
まだ外には持ち出せていないが、脳死で火でも見ながら弾くには本当に良い楽器だろう。

 

*1:ダルシマーは大きく2つに分けられ、アパラチアン(マウンテン)ダルシマーとハンマーダルシマーが存在する。共通点こそ多いものの異なる楽器であり、また本稿ではスティックダルシマーを扱うため、以下くどくなるがすべて「アパラチアンダルシマー」と呼称する。

*2:その起源は19世紀のアイルランド系移民にあるとされ、大した歴史があるわけでも、それどころかネイティブアメリカンたちの楽器でさえないが、ともあれ、米国の民族楽器ということで問題ないだろう。

*3:あとジャンベなどの打楽器も使っている。これもド迫力である。

*4:数ある派生についてはwikipediaを読むと良い。

*5:ボールエンド弦なのだが、副弦のエンド端が1つしか空いておらず、同じボールに2つ弦が巻いてあるように見えた。そうだったら弦を自作するのも困難である。風が吹けば飛ぶようなメーカーであるし、諸々と面倒そうである。(2020/10/17追記、今日楽器屋で12弦のエレキを見てきたのだが、テールピースは6穴であり、ボールエンドを2つ重ねる構造だった。おそらくmerlinもボールエンドを2つ重ね、副弦構造にしているのだろう。そうであるならば、汎用のギター弦がそのまま使用できる。)設計はmerlinの方が良さそうであるが、設計は単純な方が整備性は良い。

*6:当然サスティンは若干落ちる。気になるのであれば金属片でも挟んでおけば良い。